1.化学物質による発達神経障害
医療や産業に使われている化学物質の中には、胎児期や乳幼児期の曝露により、成長後の行動異常を引き起こすものが少なからず存在します。例えば、妊娠中に抗てんかん薬バルプロ酸(VPA)を服用すると、児の知能指数(IQ)低下や自閉症のリスクが上昇することが報告されていますし、電気機器の絶縁油として使われたポリ塩化ビフェニル(PCBs)の胎児期曝露は生後の記憶・学習障害や社会行動の異常の原因となることが示唆されています。このように、化学物質の発達期曝露により成長後に具現化する神経障害を発達神経障害と呼び、そのメカニズムの解明が進められています。私たちは、母体の免疫異常、仔の神経炎症に着目して研究を進めており、発達期のミクログリアが産生するCCL3というケモカインが発達神経毒性に重要な役割を果たすことを明らかにしました(Ishihara et al. J Neuroinflam. 2022)。
脳内のケモカインの役割には不明な点が多いのですが、オリゴデンドロサイト前駆細胞にケモカイン受容体が多く発現するとされています。私たちは、脳内ケモカインで化学物質による発達障害がある程度は説明できるのではないかと考え、ミクログリア-オリゴデンドロサイト間の情報伝達に着目して研究を進めています。

2. 環境中微粒子の生体影響の解明
2-1. 大気中マイクロプラスチックの健康影響の解明
直径5 mm以下のプラスチック片はマイクロプラスチック(microplastics: MPs)と呼ばれ、その多くは海洋に存在し、生物の誤食など生態影響が生じることが明らかになりつつあります。一方、MPsは大気中にも一定量浮遊していることが明らかとなってきました。大気中MPsの主な標的は気管支や肺などの呼吸器系であると考えられますが、その健康影響はほとんど分かっていません。私たちは、新しいポリエチレンテレフタレート(PET)がほぼ毒性を示さないのに対し、太陽光によって劣化したPETが呼吸器毒性を示すことを明らかにし、プラスチックの光劣化が毒性と密接に関連することを明らかにしました(Ishihara et al. Toxicol Sci. 2025)。また、気象庁気象研究所と共同で、地球上のどの地域で太陽光劣化MPsを曝露するリスクが高まるかを示す環境モデルの作成を行っています。この共同研究は、毒性学的な実験と環境モデルを組み合わせることによって、リスク予報を実現する世界初の試みです。

2-2. 屋外環境を模したシステムと屋内環境を測るシステム
環境に関連する技術開発も、高度な加工技術をもつ広島大学ガラス加工室や機械加工室の技術員と共同で進めています。特許を出願しつつ、誰か使ってくれないかなと思いながら、データを蓄積しています。
屋外において皮膚は太陽光、大気中微粒子および環境温度に曝されます。従って、屋外環境の皮膚影響をin vitroで調べるためには、これら3つの環境因子を曝露できる培養系の開発が必要でした。そこで、私たちは、人工太陽光を照射しながらPM2.5を気相曝露し、かつ培養温度を可変とするチャンバーシステムを開発しました(特願2024-207105)。
屋内は屋外に比べて採取できる空気量が圧倒的に少ないため、空気質を収集し、成分を分析することは技術的に極めて難しい状況です。また、外気流入により、空気量が少ない屋内環境は影響を受けやすい特徴があります。一方、ヒトは屋内で過ごす時間が長く、屋内環境の健康リスク評価は重要となってきます。私たちは、独自に開発したインピンジャーとバイオアッセイを組み合わせ、狭い空間の空気室を評価できる手法を開発しました(特願2024-193491)。
3. 環境温度の変動に対する適応機構の解明
温度は動物の行動や細胞の増殖、酵素活性などあらゆる階層の生命現象に多大な影響を及ぼします。気温や水温といった地球上の環境温度は季節の移り変わりや日内で変動しているため、生物は生存のために環境温度の変動に対する適応システム(夏眠や冬眠などの休眠ならびに植物での糖蓄積など)を備えています。興味深いことに、温度適応システムは細胞単位においても観察され、例として低温誘導遺伝子の発現や概日時計の温度補償性が挙げられます。これまでの研究により、各温度適応システムにおいて重要な分子がわかってきましたが、環境温度の変化を受容して温度適応システムを駆動する分子機構には謎が多いです。
私たちは細菌やモデル動物を用いて温度適応システムの駆動メカニズムについて分子レベルで研究を行い、最終的には季節の変化に対する適応機構の理解を目指しています。

4.白質障害を標的とした創薬薬理研究
脳梗塞やパーキンソン病、自閉症スペクトラム障害モデルマウスを用い、白質障害に着目して創薬薬理研究を進めています。いずれも患者数が多く、治療薬が十分ではない神経疾患です。オリゴデンドロサイトの分化異常という目線で疾患を見つめなおし、標的を探索しています。脳梗塞については、治療薬候補の出願を終えたところです(特願2025-018093)。
